医療観察法.NET

精神障害を持つ当事者の立場から

心神喪失者等医療観察法を廃止へ
障害者権利条約の完全実施へ

山本眞理
世界精神医療ユーザーサバイバーネットワーク(WNUSP)理事

はじめに

障害者権利条約が06年12月に国連総会で採択され、07年9月には日本政府はこの条約に署名し、批准を約束した。*1
 01年12月のメキシコ政府の障害者権利条約制定の提案から5年余り、私たちWNUSPも含め世界中の障害者団体が団結して取り組んできた障害者権利条約である。
 医療観察法廃案闘争、地元大田区での官民あげた弾圧*2 、その他もろもろの中で私に光を与え続け、励まし続けてきたのはWNUSPそして世界の仲間のこの条約への取り組み、とりわけ強制の廃絶に向けた闘いであった。 *3 8回の特別委員会の開催中のみならず、その間も、連日何通ものメールのやり取りの中で、WNUSPの強制の廃絶の主張は全障害者団体及び関係NGOに支持され、国内でも日本障害フォーラムが私たち全国「精神病」者集団の主張を全面的に支持した意見書を出し続けてきた。*4
 医療観察法は精神障害者差別に基づく法律であり、一切の正当性合理性を持たない。私は長野英子名で国会参考人としてその旨を述べた。 *5この考えに変更はない。さらに障害者権利条約の成立によりこの法律が直ちに廃止されるべき根拠が増えたといっていい。障害者権利条約の下では一切の強制の廃絶が求められている(添付文書参照)
 医療観察法は私たち精神障害者をヒトでありながら人でない、としてすでにある強制収容・強制医療体制=精神保健福祉法体制に屋上屋を架けた特別法で、精神障害者のみを予防拘禁・不定期拘禁体制を新設し、さらに地域で強制医療体制までひいた。
 私たち障害者をまず人として認め、国連人権憲章の認める最低限の人権水準を実質的に障害者にも差別なく保障しようとする、障害者権利条約の方向にまったく逆行した法律である。

医療観察法の背景

医療観察法が池田小事件をきっかけとして生まれたことは事実であるが、その前段には80年代の刑法改悪保安処分新設のときとは異なり、いわば下からの保安処分の動きがあった。その典型例が保岡勉強会*6 であるが、それ以前に87年に発足した「処遇困難者病棟」新設に向けた道下研究および公衆衛生審議会答申、さらに99年の精神保健福祉法見直しに向けた各専門職団体の意見書*7 、さらにそれと呼応する衆参両院の全員一致の付帯決議「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇のあり方については、幅広い観点から検討を行うこと」があった。
 さらに1999年には99年見直しの「積み残し課題」として「触法精神障害者対策」を取り組むために元法務大臣の保岡議員による私的勉強会が始まり、2000年末に法務省と厚生省(当時)の「重大な事件を起こした精神障害者の処遇について」の合同検討会発足へと結実していく。そして2001年6月この検討会の議論のさなかに池田小事件が起き、小泉首相の「刑法見直し」発言もあり、急速に新法制定への動きが生まれ、医療観察法案が上程された。
 保安処分攻撃は精神保健体制の議論の中で一貫して底流として流れており、そのつど言葉を変えて現れ続けてきたといっていい。私たち精神障害者は常に「治安の対象」「取締りの対象」とされてきたのだ。そしてそのための治安の道具として精神保健を利用していこうという動きが続いてきたといっていいだろう。この動きは精神障害者あるいは心神喪失等とされたものばかりではなく、実刑判決を受けたもの、刑期を終えたものに対しても、「再犯予測」を精神医学や心理学が行い、さらに対象者の「無害化」を精神医療や臨床心理を活用して保安処分を新設しようという動きにつながっている。現在行われている法制審議会「被収容人員適正化方策に関する部会」である。これは杉浦元法務大臣の保安処分新設発言*8により諮問されたものである。
  「触法精神障害者問題」は実は存在しない。あるのは二つの問題すなわち刑事司法手続き及び獄中処遇の問題と精神保健体制の抱える問題である。*9
 今障害者権利条約の下で、国内法体制の見直しを政府に迫る必要があるが、まず医療観察法の廃止に向け全力を注ぎたい。差別立法を認めた差別禁止法も条約の国内履行もありえない。

 


*1条約邦訳は以下に長瀬・川島訳掲載
  障害のある人の権利に関する条約 仮訳 (JDFへのリンク)
問題の多い政府仮訳は以下に掲載
  障害者の権利に関する条約 (外務省へのリンク)

*2 私たち精神障害者の介護保障を考えるために (長野英子のページへのリンク)

*3障害者権利条約関連情報は以下長野英子のサイト
  障害者権利条約関連資料 (長野英子のページへのリンク)
とりわけ強制をめぐる議論は
  2007年6月世界精神医学会会議に向けて ドレスデン宣言強制的精神医療に反対して (長野英子のページへのリンク)
  支援された意思決定へのパラダイムシフト (長野英子のページへのリンク)
  拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取り扱いとしての強制的介入と施設収容について、障害者の視点から ティナ・ミンコウッツ (長野英子のページへのリンク)

*4 2006年6月28日 日本障害フォーラム(JDF)
  「障害のある人の権利に関する国際条約」国連特別委員会修正議長草案に関する意見書  (JDFへのリンク)
世界中のNGOで最も原則的に障害を根拠とした拘禁に反対した意見書です。後見人制度について反対しています。
07.08.09 政府意見交換会 JDF(日本障害フォーラム)意見書 (JDFへのリンク)

*5 2002年12月3日長野英子参考人意見陳述(配布資料と共に以下に掲載中) (長野英子のページへのリンク)

*6全家連の滝沢武久氏によれば、保岡議員は2000年施行の精神保健福祉法の際の積み残し課題として触法精神障害者問題を取り組むため、大熊由紀子氏、当時八代英太議員秘書の滝沢武久氏、そして保岡議員とその秘書の4名で1999年1月この私的勉強会を発足させたとのことである。 この勉強会には山上皓東京医科歯科大学教授、日精協の犬尾医師(佐賀)、今村医師(鹿児島)、長谷川医師(東京)、長尾貞夫医師(兵庫)が参加している。そのほか「精神病」者の広田和子氏、日弁連・日本精神神経学会の会員からも意見を聞いている。この検討会を発足した人たちの意識は、精神保健福祉医療の改革という善意であることに間違いはないのだが、「犯罪歴のある」あるいは「危険な」とされた精神障害者への何らかの形の特別病棟を前提としているという意味で保安処分推進という意味をもつことは明らかだ。


*7以下列記すると、「措置入院の解除については指定医2名で行うことにする」(国立精神療養所院長協議会、日本精神神経科診療所協会)、「措置入院に関して、保健所、精神保健福祉センターなど精神保健関連行政機関が有効に関与できるシステムにするとともに、措置入院全体の経過に関して責任を明確にすること」(全国精神保健福祉センター長会)、「措置入院の措置解除に際し、6ヶ月間の通院義務を課すことができることとする」(国立精神・神経センター)、「措置入院を、特別措置(触法精神障害者――犯罪を犯した者、検察官、保護観察所の長等の通報による入院)と一般措置に分ける。特別措置については、国・都道府県立病院及び国が特別に指定した病院に入院することとする」(日本精神病院協会)、「触法行為のケースの治療、措置解除時の司法の関与を明確化」(精神医学講座担当者会議)。 一方日本弁護士連合会も2000年2月刑事法制委員会内精神保健福祉小委員会の「触法精神障害者に対する施策のあり方についての意見交換会」に日本精神病院協会の「触法精神障害者対策プロジェクト」の委員を呼び意見を聞くとともに、01年1月までに「触法精神障害者」に対する刑事処分のあり方や措置入院制度などについて検討する委員会を設置することを決めた。


*8 06年7月11日閣議後記者会見での発言 (長野英子のページへのリンク)


*9『心神喪失者等医療観察法を考える』 (第4回 日本臨床心理学会関東委員会報告)2 指定討論 心神喪失者等医療観察法を廃止へ −「精神病」者の立場から− 山本眞理

 

参考文献
<医療観察法関連>
季刊福祉労働 2002年6月20日発売 1200円 現代書館
  特集 触法心神喪失者処遇新法(案)をめぐって特集 触法心神喪失者処遇新法(案)をめぐって
  執筆者は足立昌勝、八尋光秀、高木俊介、木太直人、山本深雪、池原毅和、副島洋明
  山本眞理の原稿 「『精神病』者への差別と管理を強化し、医療不信をあお
るだけの新制度」
 (長野英子のページへのリンク)
  
部落解放 2002・503号 600円 解放出版社
  特集「心神喪失者医療観察法案」を批判する
  執筆者は他に永野貫太郎、吉岡隆一、池原穀和
  山本眞理(長野英子名)の原稿「時代に逆行する“保安処分”の再来」(長野英子のページへのリンク)
季刊福祉労働 101号 掲載 現代書館
  「心神喪失者医療観察法」廃案闘争を振り返って (長野英子のページへのリンク)
○パンフ イタリア保安処分体験者の手記
  強制的介入と法的能力剥奪に関する当事者の物語り
  2006年7月
  障害者人権条約策定のためのWNUSPロビーイング資料より抜粋
  A4判 16ページ 200円(送料80円)
  お申し込みは 山本眞理まで nrk38816@nifty.com

<障害者権利条約関連>
障害者権利条約とWNUSPの取り組みをめぐって (長野英子のページへのリンク)
  季刊福祉労働No98 現代書館 1200円
障害者の権利条約でこう変わる Q&A
  DPI日本会議 (編集), 東 俊裕 (監修) 解放出版社 1400円
  山本も1章書いています
季刊福祉労働 117号 現代書館 1200円
  特集:障害者権利条約をどう読み、どう活かすか
  山本も以下一文を寄せています。「障害者人権条約は一切の強制を禁止している」
○シリーズ「社会臨床の限界」2巻
  精神科医療 治療・生活・社会 日本社会臨床学会編
  山本眞理原稿
  ピープルファースト  私たちはまず人間だ ――障害者人権条約と日本の実態

 <その他 精神保健体制や刑事司法を考えるために>
「人が人を裁くとき 裁判員のための修復的司法入門」 ニルス・クリスティ著
  平松毅・寺澤比奈子訳 有信社 2000円プラス税
『障害は心にはないよ社会にあるんだ 精神科ユーザーの未来をひらこう』
  解放出版社 1400円
  八尋光秀・精神科ユーザーたち

 


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