医療観察法.NET

 

「心神喪失者等医療観察法鑑定ガイドライン」策定に対する意見書

2005年2月25日
日本弁護士連合会

第1意見の趣旨

厚生労働省の関与に基づき策定が進められている「心神喪失者等医療観察法鑑定ガイドライン」は、その方法や確度などにおいて科学的に確立しているとはいい得ない「将来の危険(再犯)予測」の鑑定を誘導するもので医療を強制する処遇要件、として当初の法案にあった「いわゆる『再犯のおそれ』」の要件を削除して修正成立した医療観察法の規定に反するものである。
 したがって、当連合会は、鑑定ガイドラインの策定を中止することを求める。

第2意見の理由

1鑑定ガイドラインの策定について

厚生労働省は「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(以下医療観察法という)の施行のための準備において、2004(平成16)年7月9日、「全国精神保健福祉関係担当者会議資料(心神喪失者等医療観察法関係)」において「心神喪失者等医療観察法鑑定ガイドライン(試案)」(以下「鑑定ガイドライン」という。)を公表し、同年10月15日には、「障害保健福祉関係主管課長会議資料(医療観察法の施行について)」において、「共通評価項目の解説とアンカーポイント(第1次案)」という付属文書を公表した。
 この鑑定ガイドラインによると、裁判所に鑑定を命じられた医師(以下、「鑑定医」という)が作成する「鑑定書の様式を標準化することを目的とし厚生労働科学研究班により取りまとめたもの」であるとされ、「今後、研究者等の意見により変更がある」ものとしている。
 医療観察法における対象者の鑑定は、医療観察法の根幹部分に位置するというべきもので、現に進められている鑑定ガイドラインの策定とその内容については、本法における鑑定の意義に照らして後述するような問題点があり、当連合会としては、これを黙過することはできない。

2心神喪失者等医療観察法における鑑定の意義について

[対象者の鑑定は医療強制の必要性判定の基礎となる]

医療観察法において、裁判所が精神保健判定医またはこれと同等以上の学識経験を有すると認められる医師に対して命じられる対象者に関する鑑定(同法37条)は、当該対象者に対し、「同法による医療の必要があるか否か」、「入院命令、通院命令をなすか否か」を決定する上で、極めて重要な資料となることが予定されている(同法42条1項は、「鑑定を基礎として」処遇決定を行うことが明記されている)。

[対象者に対する医療の必要性は、「再犯のおそれ」を理由として判断されてはならない]

この医療観察法は、対象者に医療を強制する処遇要件(法42条1項)について、当初の法案にあった「いわゆる『再犯のおそれ』」という要件を削除し、成立した法律では、「この法律による医療の必要がある」ことが要件とされた。
  すなわち、国会での修正前の政府原案では、「継続的な医療を行わなければ心神喪失または心神耗弱の状態の原因となった精神障害のために再び対象行為を行うおそれの有無」(修正前原案37条1項)を鑑定対象としていた。この表現からすると、鑑定の対象は「再び対象行為を行うおそれの有無」となることは明白であった。
  しかしながら、国会審議の過程において、「将来の再犯予測をおこなうこと」が科学的に可能か、との深刻な議論が行われ、科学的に100%確実といえる鑑定はいまだ不可能であり、この法律による医療の提供が本人の意思に基づかない強制の要素を有し、不利益処分としての性格を有することからすると、漠然とした「再犯のおそれ」をその根拠とすることはできないとの観点から前述のごとき修正が提案され、それが採用されて法律が成立した。
  その結果、鑑定対象は、「対象者に関し、精神障害者であるか否かおよび対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するためにこの法律による医療を受けさせる必要があるか否か」(成立した法37条1項)とされた。

[修正成立した医療観察法は医療と福祉を目的とした法律である]

その意味では、修正前の原案と修正後に成立した医療観察法はその根幹部分である処遇要件が修正されたことによって、「再犯のおそれ」を要件として医療を強制することを正当化するという立場をとらず、重大な他害行為を行った対象者に医学的に医療の必要が認められ、かつ治療適合性を有する場合に限って、社会復帰を目的として対象者を保護する観点から強制処遇するという医療及び福祉を目的とする法律として修正されて成立したものであると解すべきである。

[対象者の鑑定では医学的観点で標的症状(対象行為を行った際の精神症状)が明らかにされなければならない]

対象者に対し指定入院医療機関において施されることとなる治療の目標として、消失させるべき対象となる症状を特定しなければ、対象者に対する入院治療が、6ヶ月ごとに継続するか否かが裁判所によりチェックされるとしても、指定入院機関の医師が漠然とした入院の必要性を表明すれば、対象者の退院が認められなくなるおそれがあるからである。このような事態は、医療観察法が目的とする対象者の社会復帰を目指すこととは齟齬することになるのである。
 したがって、対象者の鑑定は、上記の同法の定める処遇要件(「この法律による医療を受けさせる必要」)の有無を判定する上で、対象者が対象行為を行った際の精神症状、いわゆる標的症状を厳格に医学的に鑑定することが求められているのであり、そのことを実現するために対象者の鑑定が実施されねばならない。

[最高裁規則制定諮問委員会でも、対象者の鑑定は医学的観点から標的症状を明確にするものとの見解は共有されている]

当連合会は、2004年(平成16年)6月29日開催された医療観察法施行の準備のための最高裁規則制定諮問委員会の審議の過程で、医療観察法に規定された鑑定を基礎にした審判書の記載事項につき、対象行為を行ったときの対象者の標的症状を記載事項とするよう規則に明記するべきとの意見を述べた。処遇の対象となる標的症状が、入院治療により消失すれば、退院させることが法の趣旨であるとする見地からの意見であった。この当連合会の見解は、対象者に対する必要的鑑定がまさしく医療的観点から標的症状を明確にする医学的鑑定であることを前提としたものであることは言うまでもない。最高裁規則制定諮問委員会においても、当連合会の見解に対して、最高裁判所からも法務省からも、厚生労働省からもこれに異を唱える意見表明はなされなかった。

3鑑定ガイドラインの問題点

医療観察法における対象者の鑑定は、医療観察法の根幹部分に位置するべきもので、当連合会としては、現に進められている鑑定ガイドラインの策定とその内容については、以下の問題点に照らし黙過することはできない。
  以下では、鑑定ガイドラインに則して、その問題点を3点指摘する。

(1)鑑定ガイドラインは医療強制の要件から削除された「再犯のおそれ」を鑑定させようとしており、法の趣旨に反する鑑定を導こうとしている

鑑定ガイドラインでは、「4.鑑定における考え方」という項目を立てて、そこで、「疾病性、治療反応性、リスクアセスメント」の3つの評価軸に「時間軸」を組み合わせる評価方法を鑑定における考え方として採用している。

[リスクアセスメントを評価軸として取り上げるのは「他害行為のリスク」ないし「再犯のおそれ」の判断を求めることになり、法律の趣旨に反する]

評価軸とされる、(1)疾病性、(2)治療反応性、が鑑定の対象として検討されることには異論はないと思われるが、(3)リスクアセスメントを評価軸とすることについては問題がある。
  このリスクアセスメントの項では、「医療観察法では重大な他害行為を行った者を対象にしており、対象者が同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するためにこの法律による医療が必要かどうかの判断をするものであるから、対象者のリスクアセスメントは重視される。」とする。
  そして、以下に指摘するような鑑定ガイドラインの他の箇所での表現からすると、「リスクアセスメント」が「他害行為のリスク」ないし「再犯のおそれ」と同質のものとして捉えられていることが窺える。
  すなわち、鑑定ガイドライン中の留意事項の項目において、「1鑑定の実際と留意点」は、法1条の目的規定にある「その病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り」を引用し、「同様の行為の再発の防止を図る」という文言を強調し、「このため、概ね以下の手順で鑑定を進める。」とする。
  その手順の説明の中で、「2鑑定にあたり収集すべき情報」として、「4)犯罪歴・強制処遇歴:不起訴事件記録・刑事裁判記録や保護観察所の調査等をもとにした側副情報を参考にする。」とし、「(4)非犯罪的暴力の経歴」についても調査すべきものとしている。
  さらに、「3鑑定作業に係る項目」として、「8)リスクに関する情報:不起訴事件記録・刑事裁判記録や保護観察所の調査等をもとにした側副情報を参考にする。過去の対象者の犯罪行為、犯罪までに至らない暴力行為がある場合には時系列で見てゆくと有用な情報となる。特に暴力に関する情報はこれらの行為が生じた背景や文脈と疾病の関係を検討することが重要である。」としている。
 くわえて、2004年(平成16年)10月に追加された「共通評価項目の解説とアンカーポイント」でも、リスクマネジメントにかかる対象者の治療課題のシナリオ作成の手順の項目でも、「どんな種類の問題(例えば暴力)が起こるか?」と記載されている。
  この見解は、「リスクアセスメント」を「疾病性」とは独立した別の評価軸として、「再犯のおそれ」を考慮の対象としようとしているのである。
  このように「再犯のおそれ」ないし、「他害行為のおそれ」と同質のものとして「リスクアセスメント」を把握し、これを対象者の鑑定において、重要な評価対象として位置づける鑑定ガイドラインは、医療と福祉を目的とした法律として成立した医療観察法の趣旨に反する。

[医療観察法の審議過程で、「再犯のおそれ」を理由に強制医療がなされるものでないことが法案の推進者により表明されていた]

医療観察法の国会での審議過程では、医療観察法の目的は対象者の社会復帰であり、そのために必要な医療を行うという点が強調されてきた。その審議過程において、当初の政府原案では、入院命令などの医療を強制するための処遇要件は、「再び対象行為を行うおそれ」(政府案42条)とされていた。
  しかし、精神科医を中心に批判が集中したのは、「対象者が再び対象行為を行うおそれ」が科学的に判定しうるとする根拠はなく、おそれのない者(偽陽性)まで閉じ込めてしまいかねない危険な法案であるとするものであった。
  これに対し、法案が成立しないことをおそれた与党議員から提出された修正案によって、「再犯のおそれ」に係る文言は削除され、「入院させてこの法律による医療を受けさせる必要がある」(法42条)ことに修正されて、その文言で医療観察法は成立した。要するに、入院命令を発令する際の処遇要件から、「再犯のおそれ」は削除された。この修正により、医療観察法においては、対象者の「再犯のおそれ」を考慮して、入院命令を発することは許されず、もっぱら、「入院させてこの法律による医療を受けさせる必要がある」か否かが審理されることになった。
 こうした国会審議を受けた形で、修正案が成立した経過からしても、鑑定ガイドラインの策定自体は、決して精神医療従事者のコンセンサスに基づくものとはいえず、厚生労働省において設置されたひとつの研究班の見解をもととしたものにすぎないのである。このように、厚生労働科学研究班の一部の医師や研究者の意見をもとに「再犯のおそれ」を事実上鑑定の対象とし、裁判所が命ずる鑑定を事実上拘束しかねない鑑定ガイドラインの策定は許されない。

[「リスクアセスメント」は「症状の再発の可能性」と捉えるなら、「疾病性」と別の評価軸を立てる必要はない]

さらに、厚生労働省で医療観察法の施行準備を行っている医師資格を有する担当者によれば、医療観察法における鑑定では「再犯のおそれ」が処遇要件と解釈する見解は取っていないことを明言し、かつ、鑑定ガイドラインにおけるリスクアセスメントの概念は、「症状の再発の可能性」という意味で理解していると説明していた。そうであれば、ここにいう「リスク」は、「疾病性」の一要素として理解すべきところ、これを「疾病性」とは別に、鑑定の評価軸とすることには合理性がない。

(2)鑑定ガイドラインが、遠い将来の予測を鑑定時に求めているのは科学的ではない

鑑定ガイドラインが「長い時間軸」を鑑定評価項目としている点にも問題がある。
  この点、鑑定ガイドラインでは、「医療観察法における鑑定は、評価を何時の時点のもので行うのか、その時間軸の設定に特徴がある。重大な他害行為を行っているために、リスクアセスメントをはじめ疾病性や治療反応性は、過去と現在そして将来にわたり検討を行うために、長い時間軸の設定を行うことになる。過去に関しては、生育歴、生活歴などを遡り、当該行為時、鑑定をしている現在、さらに将来に関する予測など長い時間の中での評価を行う。疾病性や治療反応性、リスクが将来において変化しうるかについて意見を述べる。」とされている。
  しかし、鑑定ガイドラインがこのような「長い時間軸」を設定するのは、医療観察法の規定に反している。現行の精神保健福祉法において非自発的医療を強制する措置入院のための鑑定の実務では、「自傷他害のおそれ」の判定が現在症における予測として定着し、かつ、そうであるからこそ、医学的にも了解がなされ、非自発的医療を実施するための根拠とされうるとの見解が維持されている。しかし、医療観察法では、「再犯のおそれ」という要件が削除された結果、少なくとも「再犯のおそれ」を根拠に非自発的医療が実施されると解釈することは許されない。しかも、鑑定ガイドラインによると、「長い時間軸」を設定し、遠い将来までの危険の予測をしようとすることになる。この点は、既に国会での審議過程において、不可能であると指摘された将来の「再犯のおそれ」を判定させようとするものである。
  この意味で、鑑定ガイドラインに基づき、「長い時間軸」を考慮して実施される鑑定は、科学的鑑定の名に値するものと評価できず、また、鑑定ガイドラインが、鑑定技術向上を真摯に検討したものといえるのか、実に疑わしいのである。
  この点については、社団法人日本精神病院協会の仙波恒雄会長は、「欧米でも、事例の集積により危険性予測の的中率は高まるとし、英国の研究者(マルコム、ホーム)は、4割、米国の研究者(モナハン)は6割と報告している。」(日精協誌・第22巻10号8頁・2003年(平成15年)10月)と紹介している。
  しかし、これらの研究によっても、再犯のおそれがあると判断された者のうち、再犯を犯していない者も相当程度存在することが指摘されており、結果的に危険でなかった者が強制処遇を受けるという偽陽性の問題も明らかになっている。
  よって、鑑定ガイドラインが、遠い将来の予測を鑑定時に求めているのは科学的根拠を欠くものである。

(3)鑑定ガイドラインは鑑定書の様式を統制し、また、鑑定の目的を超えて評価対象を広範に広げ過ぎている

鑑定ガイドラインは、「医療観察法にかかる鑑定書の様式」にも言及している。そこでは、原案として、「1事実関係に関する記載」、「2鑑定に係る意見」、「3鑑定に係る情報」、「4別添(必要に応じて)」とある。その中では、対象者の生活史として、「宗教」や「海外渡航歴」など、およそ医療とは無関係な情報を収集し記載することを求めたり、リスクアセスメントの評価を行うことや不起訴事件記録などを参照すべきことが求められている。
  しかし、このように対象者のあらゆる個人情報を探索する考え方は、そもそも、医療観察法が対象行為を起こしたことを前提に手続を進める構造となっていること(法40条1項1号、法41条)との関係において、一般的に、嫌疑不十分の事件をも含む不起訴事件記録までを無限定に参照すべきとするのは誤っている。百歩譲っても、医療観察法が対象とする6罪種の事件で起訴されたものに参照すべき限度を限るべきである。
  また、もし仮に不起訴事件をも評価対象にするとしても、不起訴事件での供述調書は反対尋問に全くさらされておらず、信用性に疑問のあるものも含むものであるから、証拠価値を慎重に考慮しなければならないということについて、鑑定医に注意を促すべきである。そして、どのような証拠を考慮の対象としたのかについて鑑定書に明記し、追試が可能にしておかなければならない(なお、当該審判における対象行為に関する供述調書についても伝聞法則の適用がないことから同様の問題があること、鑑定の際の対象者との問診にも取調べと同様の問題がありうることを前提として黙秘権告知や問診過程の録音等の記録についても考慮すべきことなどについても、鑑定医に注意を促すべきである)。
  その他、鑑定に当たり収集すべき情報として、「可能な限り客観的で多角的な情報を得るように努めるとある」が、生活歴としても、宗教や海外渡航歴などまで収集するのは、この法律による医療の必要性の有無を判断するという鑑定の目的から見て、不必要で、行き過ぎであると思われる。

4結論

本法で行われることになる鑑定について、医療観察法の重要な部分を担う厚生労働省が関与して現在進められている鑑定ガイドラインは、「リスクアセスメント」をいわゆる「再犯のおそれ」と同質のものと捉え、判断対象としようとするものであり、医療観察法の趣旨に反するから、そのような鑑定ガイドラインを策定することは許されないと考える。
 このような鑑定ガイドラインが実効性を持つものとして周知徹底されるならば、医療観察法のもとでの入院命令の運用が社会復帰を阻害する方向で運用されることを招き、入院期間が長期化するおそれが高くなり、法律の運用において、重大な混乱と混迷を招くことは避けられない。
  よって、当連合会は、現在進められている鑑定ガイドラインの策定を中止することを求める。

以上


ページの先頭に戻る

トップページに戻る

トップページに戻る メールマガジン登録