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指定通院医療機関からみた地域処遇の実情

岩尾俊一郎(精神科医)
2008年12月

1 はじめに

医療観察法が施行された2005年より当院は、指定通院医療機関として地域処遇となった対象者の外来治療を行っている。7月施行日から第1例の通院開始までの4ヶ月間に、対象者の診療に対応する準備もできないまま、実際に対象者に関わりながら診療体制を組み立てていくことになった。地域処遇となった対象者への診療を通じて、医療観察法による診療で提供できる医療サービスが、通常の診療で提供しているものと同質であり、医療機関に求められているものが、社会復帰調整官による地域ケア会議への参加、頻回な対象者の評価と報告であることに気づかされた。一指定通院医療機関の実践報告から医療観察法の現状、そこから浮かび上がる問題点を考察し報告したい。

 

2 光風病院での地域処遇の概要

(1)現在までの地域処遇例

2005年11月17日の第1例通院開始から通算3例の通院を受け入れ、現在1例が通院中である。3例全てが指定入院医療機関への入院を経ないで、通院決定が出された当初通院で、2例は当院への通院開始までに鑑定入院先の病院で、医療保護入院、任意入院となっている。

 

(2)当初通院の問題点

当院の第1例は、鑑定入院から直接自宅に戻り通院となった当初通院であり、通院決定から通院開始まで1週間ほどしかなく、通院指定医療機関としての業務内容の把握も、院内の体制づくりも間に合わないまま医療観察法に基づく診療が始まった。鑑定入院先で医療保護入院となった事例は、自宅に退院となる前に離院し、再度鑑定入院を行い、指定入院医療機関への入院となった。3例とも医療観察法鑑定書に、「入院を必要としない状態であるのに、医療観察法による通院が必要である」とする決定が、治療上いかに本人利益となるかを説明する記載はなかった。

 

(3)地域処遇に関わる現在の業務

現在通院中の事例に関わる業務は、2週間に1回の外来診療、月1回の院内の多職種会議とそれに向けた対象者の評価と報告、ほぼ2ヶ月おきに社会復帰調整官が主催する地域ケア会議への参加が主な業務となる。指定通院医療機関としての診療開始後に、新たに増員されたり、専任業務とされた職員はなく、これまでの通常業務に地域処遇に関わる業務が加重されている。今後、通院対象者が増えていけば、担当する医師、PSW、臨床心理士、看護師への負担は増し、多職種会議の開催、評価と報告がますます重荷となっていくだろう。当院では、鑑定入院も常時受け入れ、1例は必ず入院中であり、PSWは社会復帰調整官との連絡調整に追われている。現在の所、当院で対象者への訪問看護を実施しておらず、補完型の訪問看護ステーションによる訪問看護を組み合わせている。

 

3 医療観察法と通常診療との地域ケアの違い

表に示したように、医療観察法と通常診療との間には、地域ケアを実施する主体は変わらないのに、その運営のあり方には大きな違いが見られる。
 通常診療において、精神障害者の地域ケアの原則は、第一に当事者の意志を優先し、その希望に応じて、外来通院先の医療機関、訪問看護などの医療サービスとホームヘルプサービスや作業所の利用、就労支援などの福祉サービスが、同時に協働して関わることである。そのため実際に組み合わされるサービスやその頻度も、当事者の希望や回復の状態によって個々に違う。また、地域での生活のありよう、当事者の関心や社会参加の希望によって、当事者が必要とするサービスが変化していくため、適宜サービス提供者と当事者が、地域ケア会議の場で週間予定などサービスの組み合わせを再検討する必要がある。通常診療において、地域ケア会議の主催者は、医療機関のPSWでも、地域の生活支援センターの職員でも、その時点で当事者の地域ケアの中心になっている人によって担われる。
 常に社会復帰調整官が主催する医療観察法における地域ケア会議は、保健所相談員、保健婦など行政関係者と指定通院医療機関の職員が固定的に参加し、対象者の情報を共有し、処遇実施計画を作成することが目的である。地域処遇には、この地域ケア会議による処遇実施計画の作成、指定医療機関への通院、訪問看護を含む多職種チームによる関わりが必須とされている。通常診療に比べると、地域ケアであるのに医療サービスの比重が高く、その年限も3年間に限られている。各地の医療観察法の地域ケア会議の運営実態が明らかにされていないが、福祉サービスをどのように利用するのか、対象者の意志をどこまで優先するのか、主催する社会復帰調整官の力量によって、医療観察法による地域ケアのあり方が左右されているのではないだろうか。

 

4 現在の地域処遇が抱える問題点

地域処遇の診療を通じて、疑問を感じる問題点を列挙していきたい。

(1)通院処遇ガイドラインの問題点

地域処遇での対象者への治療は、2005年7月14日に通知されている「通院処遇ガイドライン」に規定されて進められることになる。このガイドラインでは、地域処遇を三期にわけ、前期、中期、後期とステージ分類して、一般医療への移行を目指している。しかし地域で生活する精神障害者に対して、直線的な時間軸を想定できるのは観察期間だけであり、とりわけ統合失調症圏の対象者にとって、回復過程こそ個別性が高く、一人一人の回復のあり方に合わせて関わることが必要で、直線的な時間軸を想定することは治療的とはいえない。各ステージ毎に、通院指定医療機関で行う診察回数、訪問看護回数、デイケア利用回数を提示しているクリティカルパスは、その妥当性の検証が行われてから標準化すべきであろう。通院処遇ガイドライン、クリティカルパスで業務内容を細かく規定しているにもかかわらず、その業務に携わる精神科医、看護師、PSW、作業療法士など、マンパワーの標準が示されていないのは、地域処遇の大きな問題点である。

 

(2) 通報義務

医療観察法第111条は、外来通院を中断した対象者、現住所を離れた対象者を、医療機関が保護観察所に通報することを求めている。この規定は医療中断した対象者に対して、社会復帰調整官と連絡を取りながら対処する医療機関を守秘義務違反から守っているともいえるが、指定通院医療機関が強制通院の一翼を担うことを規定する硬い規定でもある。強制性を持ち得ない外来治療において、最も肝要な医師患者間の信頼関係を覆す通報義務を指定通院医療機関に課すことは、控えめに言ってもこうした規定に違和感を持つ医療機関が触法精神障害者の治療に参加することを妨げている。

 

(3) 再発、再入院時の問題点

触法行為の有無に限らず、精神障害者にとって再発時の医療確保、特に信頼できる治療関係のできている入院先の確保は重要である。指定入院医療機関に入院中に形成されたであろう信頼関係があったとしても、再発時の指定入院医療機関への再入院は、鑑定入院を経て、裁判所の判断による再入院命令が必要となる。たとえ指定入院医療機関が、地域処遇の指定通院医療機関であっても、再発時の入院病棟は医療観察法病棟ではない他の病棟となる。こうして入院医療による医療機関の医師や看護師など職員との関係性、患者同士の関係性が、再発時には全く生かされないままで治療を行うことになる。

 

(4) 指定通院医療機関の不足

2008年現在兵庫県内の10の二次医療圏に13の指定通院医療機関があるがすべて精神科病院であり、尼崎を含む阪神南圏域のような人口集中地区に通院する医療機関がなく、人口の四割強が集中する神戸市内で交通至便な場所には、当院を含む二カ所の医療機関しかない。兵庫県では、2008年4月現在地域処遇中の者が8名いるが、指定入院医療機関入院中の者が17名にのぼり、順次退院し地域処遇に移行するとすれば、人口比、利便性から考えて、神戸阪神地区にある当院に集中する可能性が高い。

 

(5) 地域処遇終了時の問題点

通院処遇ガイドラインでは、地域処遇の終了の基準として5条件をあげ、「通院後期において一定期間病状の再発がみられない」ことが必要とされている。医療観察法の目的は「病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止」だが、終了時には病状の再発が再犯に直結するかのように、「病状の再発」がないことが求められている。それでも3年、延長されても5年で地域処遇は終了となる。終了後も引き続き指定通院医療機関に通院し続けるのであれば、その医療機関は早晩対応しきれなくなる。住居地から遠い指定医療機関に通院いている場合も継続は難しい。医療継続を考えるのであれば、精神科病院、診療所を問わず、住居地近くの精神科医療機関に引き継ぐことが必要となる。通院処遇ガイドラインには、指定通院医療機関以外の医療機関への引き継ぎについても具体的な提案はない。

 

(6) 事故や再犯の懸念

通常の医療であっても、通院中の患者の事故や過去に触法行為があった患者が再犯することはある。通常医療においては、入院中の事故や再犯に比して、通院中の患者の事故や加害行為が医療機関の責任を問う民事訴訟の対象とはなりにくい。しかし地域処遇の場合、「同様の行為の再発の防止」を目的にしている以上、対象者の事故や加害行為に対して、被害者・家族が民事訴訟を提訴する可能性がある。指定通院医療機関としては、通常の医療での民事訴訟と同様に「適切な医療を行っていたこと」「予見困難であること」を中心に争うことになろう。その際には、通院処遇ガイドライン、クリティカルパスが、標準的な医療内容として「医療の適切性」を規定し、指定通院医療機関の責任を問う根拠に使われることも考えられる。

 

(7) その他の問題点

現状の地域処遇の医療サービスは、通常医療で提供しているものと同質であり、福祉サービスにも新たなサービスは加えられていない。医療観察法が対象者への不利益処分であるのに、それを補ってあまりあるような地域ケアサービスは用意されていない。指定通院医療機関の対象者数に応じたマンパワーを規定せず、地域処遇に関わる業務は指定通院医療機関にとって通常業務に加重する負担でしかない。指定通院医療機関の通院圏域の地区割りもできない現状では、対象者にとっては居住地から遠い医療機関への受診、医療機関にとっては対象者の住居までのアウトリーチの負担が大きい。

 

5 二元的なシステムの混在がもたらす問題

医療観察法の施行によって、わが国の精神科医療には、これまでの精神保健福祉法によるシステムと医療観察法によるシステムの二つのシステムが存在することになった。しかし、疾患単位としても医療的にも重大6犯罪を起こした精神障害者だけを抽出できるものではなく、二元的なシステムの運用によって様々な問題が引き起こされることになった。
 入院治療までには、検察の不起訴決定から鑑定入院、審判を経て、ようやく指定入院医療機関への入院と幾多の手続きが必要であり、地域処遇への移行も指定入院医療機関から指定通院医療機関への退院と医療機関の変更を伴い、また地域処遇終了時にはもう一度住居地に近い精神科医療機関への転院が必要になる。入院から外来へ、そして医療観察法診療から通常診療へと二つのシステムの間を行きかうたびに、医療の連続性が断ち切られ、医療の即応性が損なわれることになる。
 医療観察法の入院治療では、入院までの手続き、費用負担、入院環境など二つのシステムの間に違いもあるが、地域処遇で対象者に実際に提供されるサービスは、精神保健福祉法で通常提供されているものに、精神保健観察が加わるだけである。
 地域ケアは、医療サービスと福祉サービスの協働が基本であり、地域処遇の対象者に対しても従来通り精神保健福祉法、障害者自立支援法に基づく福祉サービスを含む関わりを続けている。しかし、地域処遇は、指定通院医療機関しか利用できず、医療機関選択の幅を狭め、居住地近くの医療サービスの利用を困難にし、福祉サービスとの協働を困難にしている。
 医療観察法で、標準化された医療を提示されればされるほど、業務内容は細部にわたって規定され、一旦事故が起こり民事訴訟が持ち上がれば、より一層細密なマニュアルが作られて、それが標準化されることになる。結果、マニュアルに従って診療していたことを根拠に訴訟リスクを減らすために、一層地域処遇の診療で求められることと通常診療で求められることに落差ができていくのではないか。地域ケアでの移行を考えれば、地域処遇と通常診療の落差が大きいほど地域処遇から通常医療への移行が困難になる。その落差が治療的な意味を持ち、有効な関わりであれば救われるが、記録と評価の繰り返しで、拘束時間と書類だけが増えることになれば負担感が強まるだけだ。
 医療観察法の地域処遇は、地域処遇と通常診療の実質的な違いを、精神保健観察以外のものに求めるとその間の落差が広がり、地域処遇から通常診療への移行が困難となり、実質的な違いがなければ、強制通院を求める医療的な根拠がなくなるというジレンマに陥っている。

 

6 今、地域処遇に求められること

実は、地域処遇に現在求められていることは、従来医療観察法に優先して整備すべきであるとされていたことに他ならない。第一に望まれることは、障害者自立支援法で存立基盤を揺るがされている地域の福祉サービスへの財政的支援を行い、利用者負担、制限を改善し、自立して地域で生活し続けられる法的、経済的保障と生活支援サービスを確立することである。第二に、往診、訪問看護だけでなく、多職種チームとしてのアウトリーチを中心にした地域精神科医療を充実させることである。こうした精神障害者の地域ケア一般に必要とされていることを整備充実させなければ、地域処遇が円滑には進むことはない。
 最後に、地域処遇の医療に喫緊に必要なことを列挙したい。

 

(1)多職種チームのケースロード規定

多くの指定通院医療機関では、地域処遇を開始してもマンパワーの増員なく、対象者への関わりは全く新規事業として加重されている。多職種チームによる対象者への関わりが地域処遇の基本だとすれば、対象者一人あたりの医師、看護師、OT、PSW、CPなどのマンパワーを規定し、対象者が増えればそれに応じて増員するケースロード規定を定めるべきである。

 

(2)指定通院医療機関の入院病棟の規定

地域処遇中に再発し入院が必要な状態となれば、指定通院医療機関へ入院することになる。あれだけ指定入院医療機関のマンパワー、アメニティを充実させたのであれば、再入院に使われる指定通院医療機関の入院環境についても、きちんとした病棟の構造、マンパワーの規定が必要となる。

 

(3)医療観察法対象者も利用できる福祉サービスの充実

障害者自立支援法によって、自治体により精神障害者が利用できる福祉サービスに格差が広がっている。ガイドヘルパーなど自治体によっては実施されていない福祉サービスで、地域処遇に必要なサービスも多く、自治体毎に処遇内容に格差が生まれることは好ましくない。全国一律に同じ内容の福祉サービスが受けられるように均質化と充実を図るべきである。

 

(4)居住地近くの精神科医療機関との併診

居住地から遠い指定通院医療機関に処遇されている場合は勿論、指定通院医療機関に滞留する対象者を減少させるためにも、地域処遇終了時の外来通院先を確保することとそこに円滑に移行を図ることは、重要な課題である。地域処遇終了時に通院する精神科診療所が想定されているのであれば、地域処遇開始当初から指定通院医療機関との併診として、円滑で早期の移行を図っていく必要がある。

 

(5)地域処遇中の対象者の権利擁護の規定

対象者が自ら地域処遇の終了を申し立てる時には、対象者が希望すれば付添人をつけることができる財政的な措置が必要である。また地域処遇が適切に運用されているのかを評価する第三者機関の設置も当然必要である。

 

7 まとめ

(1) 現状での地域処遇への関わりは、医療機関、保健所などに持ち出しの負担を強い、対象者に提供できる特別な地域ケアサービスが見当たらない

(2) 地域処遇と通常診療の実質的な違いを精神保健観察以外のものに求めると移行が困難となり、実質的な違いがなければ強制通院を求める医療的な根拠がなくなる

(3) 医療観察法は精神科医療に二元的なシステムを持ち込み、入院医療では医療の連続性、即応性が妨げられ、地域処遇では提供される医療サービスに差がないのに医療機関選択の幅を狭め、福祉サービスとの協働は困難が予想される

(4) 「触法精神障害者への医療」を 特化し、二元的なシステムで運営するのではなく、通常の精神科医療システムで明らかに欠けていたり、不足していることを補い、十全なものにすることが求められる

(5) 「触法精神障害者」の地域ケアに必要なことは、人的経済的資源を惜しまず投入して通常の精神障害者への医療、福祉サービスを徹底して充実させることである


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