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省令改正案に関するパブリックコメントへの意見

「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律
に基づく指定医療機関等に関する省令の一部を改正する省令(案)等」に関する
ご意見募集(パブリックコメント)に対する意見

2008年9月
大杉光子(弁護士)

意見の趣旨

今回の省令改正案に反対する。そもそも医療観察法は速やかに廃止すべきである。

 

意見の理由

 

1 今回の省令改正案は医療観察法に違反している

医療観察法は、その43条1項で「(入院)決定を受けた者は、厚生労働大臣が定める指定入院医療機関において、入院による医療を受けなければならない。」と対象者の義務を定めるとともに、81条1項で「厚生労働大臣は、(入通院決定、退院許可決定、再入院決定)を受けた者に対し、その精神障害の特性に応じ、円滑な社会復帰を促進するために必要な医療を行わなければならない」、同条3項で「第1項に規定する医療は、指定医療機関に委託して行うものとする。」と厚生労働大臣の義務を定めている。
 すなわち、入院決定を受けた者については、指定入院医療機関において必要な医療を行うことは、医療観察法が定める厚生労働大臣の義務である。
 そうであれば、入院決定を受けた者について、指定入院医療機関において必要な医療を行わないことを規定する今回の省令改正案は厚生労働大臣の義務違反を定めたものであり、条文上、医療観察法に違反している。

2 医療観察法の目的および指定入院医療機関の趣旨とされてきたはずのものを無視するものである

そもそも、医療観察法は、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者については、国の責任において手厚い専門的な医療を統一的に行い、また、継続的かつ適切な医療を確保するための仕組みを整備すること等により、その円滑な社会復帰を促進することが特に必要であることから、本法により、そのための新たな処遇制度を創設することとされたもの」(刑事裁判資料第284号最高裁事務総局解説)という建前になっていたはずである(医療観察法1条1項参照)。
 また、「本法に基づく入院による医療は、一般の精神医療とは異なり、公共性及び専門性が極めて高いことに加え、継続的かつ適切な医療を実施するためにも、その実施主体において安定した病院運営が行わなければならず、また、裁判所の決定を受けた対象者に対する医療であり、全国で公平一律に実施されなければならないことなどを考慮し、指定入院医療機関となり得る病院の設置主体を国、都道府県、特定独立行政法人又は都道府県若しくは都道府県及び都道府県以外の地方公共団体が設立した特定地方独立行政法人に限定することとされたもの」(刑事裁判資料第284号最高裁事務総局解説)という理由により、私立病院は指定入院医療機関として指定できないことになっていたはずである(医療観察法16条1項参照)。
 ところが、今回の省令改正案が規定する「特定病床」は、診療報酬上の救急病棟急性期治療病棟であって精神科作業療法等を実施していることで足りるとされており、指定入院医療機関に求められているような人員配置や設備は何ら要求されていない。しかも、指定通院医療機関で入院医療を行うことができるものという形で、私立病院をも「特定病床」とすることを可能としている。
 これは、医療観察法の目的および指定入院医療機関の趣旨とされてきたはずのものを無視するものであり、医療観察法の成立基盤を否定するものである。

3 裁判所の決定を一個人が覆すことを可能とするものである

今回の省令改正案は、入院決定を受けた者について、「委託指定入院医療機関に勤務する精神保健指定医」の判断により、「精神障害の特性に応じ、円滑な社会復帰を促進するために必要な医療を受けることができなくなるおそれがないと認められる者」「早期に社会復帰することが可能な病状にあり、上記の措置の実施によりその円滑な社会復帰を促進するために必要な医療の提供に支障が生じないと認められる者」であるとされれば、指定入院医療機関ではなく「特定病床」で入院医療を行うことができるというものである。
 そもそも医療観察法における入院決定は、「本法による処遇は、本人の意思にかかわらず医療を強制するという、人身の自由に対する制約や干渉を伴うものであって、このような処遇を行うか否かの判断は、対象者の正当な権利が適切に保障された手続により、十分な資料に基づいて中立・公平になされることが必要であるところ、そのためには、行政機関における手続よりも一般に厳格性や慎重さ等を有する裁判所における手続によりこれを行うことが適当であると考えられる」(刑事裁判資料第284号最高裁事務総局解説)ことから、裁判所が決定するものとされていたはずである(医療観察法11条1項参照)。
 ところが、今回の省令改正案は、裁判所がした入院決定を一個人に過ぎない
「委託指定入院医療機関に勤務する精神保健指定医」の判断により覆すことを可能とするものであって、裁判所を決定機関と位置づけた医療観察法の構造を実質的に否定するものである。
 また、内容的には、「精神障害の特性に応じ、円滑な社会復帰を促進するために必要な医療を受けることができなくなるおそれがないと認められる者」「早期に社会復帰することが可能な病状にあり、上記の措置の実施によりその円滑な社会復帰を促進するために必要な医療の提供に支障が生じないと認められる者」であるという判断が可能であるなら、その者は入院決定を受けたこと自体が誤りということであって、この省令改正案は違法状態を助長する制度ということになる。

4 このような省令改正案が可能であるということは、そもそも医療観察法は必要ないということである

すでに、入院決定を受けた者が指定入院医療機関ではないところに拘禁されているという違法状態が生じていると聞いている。それを合法化するために、今回の省令改正案が提案されているものと思われる。
 しかし、これまで指摘したように、今回の省令改正案は、法の目的および指定入院医療機関の趣旨、裁判所による決定の構造といった医療観察法の基本構造であるはずのものを否定するものである。
 このような省令改正案を構想すること自体が、実際にはこれらの法の目的等は重要ではなく、対象とされた者を閉じこめることさえできればよいというなりふり構わぬ姿勢を表すものである。
 このような法の基本構造を否定する省令改正案が可能であるということであれば、そもそも医療観察法は必要ないということである。
 ゆえに、医療観察法はすみやかに廃止されるべきである。

以 上

 

参考:心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律に基づく指定医療機関等に関する省令の一部を改正する省令(案)等に関する意見募集(e-gov) , 意見募集実施要項(PDF) , 概要(PDF)

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