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改正精神保健福祉法の施行と今後の課題


 伊藤哲寛(精神科医)
北海道立緑ケ丘病院
2007年1月

はじめに

精神衛生法(1950年制定)が、精神病院の不祥事件続発を受けて精神保健法へと大きく改正されたのは1987年でした。この改正は、我が国の精神保健の歴史上はじめて、法律の目的に精神障害者の社会復帰が謳われ、社会復帰施設の設置等の規定が設けられたこと、そして入院精神障害者の権利擁護のために精神医療審査会や退院請求制度などが取り入れられたことの2点において画期的なものでした。

その後、1993年の一部改正を経て、1995年には法の名称が現在の「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」(以下、精神保健福祉法)と変更され、法の目的に「自立と社会経済活動への参加の促進」が加えられました。この時点で、この法律は精神保健、精神医療、精神障害福祉のための特別総合法としての体裁を整えたわけです。しかし、その後も入院精神障害者の地域移行は進まず、精神病院の人権侵害事件も続いていました。1999年にも一部改正がなされて精神病院の表立った不祥事は見られなくなりましたが、精神障害者の地域移行、社会参加は遅々として進みませんでした。

今回の改正は、1999年の法改正の際に付則として定められた法施行後5年目の見直しに相当するわけですが、実際には昨年の障害者自立支援法(以下、自立支援法)の制定に併せて急遽なされたものであり、社会保障審議会においても、国会においても、審議のほとんどが自立支援法案に集中し、精神保健福祉法改正について十分な論議が行われませんでした。したがって、改正の主要部分は、通院医療費公費負担制度と福祉サービスに関する条項を自立支援法に移すことにあり、それに加えて「精神障害者の定義」「人権に配慮した適正な入院医療の確保」「精神科救急体制整備のための規制緩和」「精神保健指定医資格取得規定の見直し」「市町村の相談体制の強化」など、精神保健福祉法の独自条項がいくつか手直しされたにすぎません。

2年前のクレリィエール277号で述べましたように、精神保健福祉法には将来を見据えて検討しておかなければならない重要な課題がいくつかあります。たとえば、この法律は精神障害者の保健・医療・福祉について規定した総合的な特別法ですが、既存の医療法、障害者基本法、障害者自立支援法、医療観察法などとの関連で法体系上の位置づけを今一度見直す必要があること、また、具体的規定についても、精神障害者の定義の見直し、保護者規定の見直し、医療保護入院制度の廃止、精神医療審査会の独立、精神科病院の情報公開など、懸案の課題がたくさん積み残されています。

この点については筆者が策定にかかわった日本精神神経学会の見解(http://www.jspn.or.jp/04opinion/opinion17_07_04.html)を参照にしていただくとして、ここでは今回の具体的な改正内容についてのみ述べることにします。 なお、改正法の施行時期は改正条項によって異なり、たとえば精神分裂病から統合失調症への呼称変更は法制定と同時、精神障害者通院公費負担制度の自立支援医療制度への移行は2006年4月、精神障害者社会復帰施設等の障害者自立支援サービスへの移行や精神障害者保健福祉手帳への写真貼付は同年10月でした。

 

1.通院公費負担制度、社会復帰施設、居宅生活支援事業の削除

自立支援法の制定に伴って、精神保健福祉法上の通院公費負担制度、社会復帰施設、居宅生活支援事業に関する条項が削除されました。今後、これらのサービスは自立支援法の下で他の障害と同じ枠組みの中で主として市町村によって提供されることになりますが、通院医療費やサービス利用料の自己負担の増大、障害程度区分認定制度の欠点、社会資源不足と地域格差などさまざまな問題が各方面から指摘され、政府も見直しを迫られていることは周知の事実です。実際、臨床の現場にいますと、精神障害者を持った人々には大変使いにくい制度になったなというのが実感です。

もう一つ、精神保健福祉法との関係で指摘しておかなければならないのは、精神障害者の通院医療に関する規定が自立支援法に移されてしまい、精神障害者保健福祉手帳制度が精神保健福祉法に残されてしまった点です。知的障害と身体障害の手帳制度をそれぞれ知的障害者福祉法、身体障害者福祉法に残したままなので今回はやむを得なかったのでしょうが、後述するように法体系上は問題が残る改正です。

 

2.人権に配慮した適正な入院医療の確保

法改正のたびに、精神障害者入院手続きの厳密化、医療保護入院基準の明確化、精神保健指定医(以下、指定医)業務の見直し、都道府県知事や指定都市市長(以下、都道府県知事等)による精神科病院指導監督の強化、精神医療審査会の合議体数見直しなどがなされてきました。精神科病院での人権擁護の取り組みが始まってからほぼ20年経過し、最近では世間を騒がす人権侵害事件は見られないようです。

しかし、入院形態についての告知と同意が不十分である、任意入院患者が長期間閉鎖病棟に入院している、吟味不十分なまま隔離・拘束など行動制限が行われている、長期入院が漫然となされているなど、外からは捉えにくい問題が依然としてあると思われます。今回はこれらのことが考慮され以下の見直しがなされました。

1) 措置入院患者の定期病状報告の頻度と様式の変更

これまでは措置入院患者の都道府県知事等への定期病状報告は6か月に1度とされていましたが、最近は入院期間の短縮化により、入院6か月目までに措置解除される患者が少なくないことから、従来の6か月毎の報告に加えて、入院後3か月目にも病状報告が求められることになりました。報告様式も状態像がより正確に反映されるように変更されました。

2) 医療保護入院の定期病状報告書の様式変更

状態像記載内容の変更に加えて、医療保護入院が漫然と行われていないかどうかを審査できるように「任意入院に移行できない理由」「病識確保や治療への意欲を得るための取り組み」などの記載が必要になりました。

3) 任意入院患者の定期病状報告制度の導入

任意入院患者については従来通り原則的には都道府県知事等に報告されることはありません。しかし、改善命令を受けた精神科病院は、1年以上の入院または開放処遇の制限を受けている任意入院患者について、入院時から1年ごとに(開放処遇の制限を行った患者については制限開始6か月目から1年ごとに)報告しなければならなくなりました。しかし、精神科病院に改善命令が出されることは極めて稀であり、大多数の任意入院患者の処遇は現在と変わらないと思われる。次期法改正では任意入院患者のさらなる処遇改善策が必要です。

4) 長期任意入院患者の同意の再確認

近年、任意入院患者の割合が増え、精神科在院患者の64%(2003年調査)を占めています。しかし、長期の任意入院患者のなかには自分の入院形態とその意味を認識していない患者も少なくありません。今回の改正では、任意入院から1年目に書面によって同意を再確認し、以後2年ごとに確認することになりました。病院管理者にとっては煩雑なことですが、入院患者の権利擁護推進のためには必要なことです。

5) 行動制限の状況についての一覧表の整備

多くの精神科病院で少なからず隔離や身体拘束が行われているはずですが、自分の病院での年間行動制限の件数、経年的な増減、増減の要因などを分析し、行動制限を減らすための取り組みを積極的に行っている病院はまだ少ないようです。今回の改正では、行動制限の状況が病院全体であるいは病棟ごとに一目でわかるような一覧表の台帳を整備することが義務づけられました。単なる台帳整備に終わらせず、これを病院内での行動制限最小化に役立たせるべきでしょう。さらには、クレリィエール367号で竹端氏が紹介されているように、すべての精神科病院が行動制限のデータをみずから公開する時代にしたいものです。

6) 改善命令に従わない精神科病院の公表

従来、都道府県知事は、病院改善命令がなされたにもかかわらず、それに従わない病院に対して入院制限を命じることができました。今後はそれに加えてその事実を公表できることになりました。しかし改善命令自体が極めて稀なので、これをもって精神科病院の全般的な処遇改善に繋がるとは思えません。精神科病院の内実を容易に知ることができる情報公開の仕組みを作ることのほうが大切です。

7) 精神医療審査会合議体の委員構成の変更

これまで精神医療審査会の合議体委員構成は「医療委員3名、法律委員1名、その他学識委員1名」でしたが、改正後は「医療委員2名以上、法律委員1名以上、その他学識委員1名以上」へと変更になり、医療委員を他の分野の委員に振り替えることができます。委員確保が困難であるという理由で従来通り医療委員中心の構成を採る審査会が多いかもしれませんが、法律委員などを増やして審査の中立性を確保することが重要です。

 

3.緊急入院時等における診察の特例措置の導入

精神科医の地域偏在のために、指定医の確保ができず精神科救急体制の整備に支障をきたしている地域があります。そのような事情を考慮して、一定の要件を満たした「特定病院」であれば、指定医が不在の時でも、緊急やむを得ない場合は、「特定医師」の診察によって、12時間を限度として任意入院患者の退院制限、医療保護入院あるいは応急入院を可能にする特例措置を導入したものです。

この特例措置を活用するためには、都道府県知事等に申請して特定病院「認定書」を得る必要があります。そのためには、(1)応急入院指定病院の指定を受けているか、指定を受ける予定があること、(2)輪番病院として精神科救急システムに参画していること、(3)夜間・休日の診療を受け入れていること、(4)複数の常勤指定医がいること、(5)原則として看護職員が入院患者3に対して1以上配置された病棟に、空床を常時確保していること、(6)特定医師によってなされた退院制限、医療保護入院、応急入院の妥当性を検証する「事後審査委員会」を設置すること、(7)行動制限の状況をモニタリングし行動制限を減らすための「行動制限最小化委員会」を常設していることなどの諸条件を満たさなければなりません。 さらに、特例措置を行うことができる「特定医師」には、(1)医師免許取得後4年以上であること、(2)2年以上の精神科臨床の実務経験があること、(3)精神科医療に従事する医師として著しく不適当な者でないことの3要件を満たすことが求められます。

なお、特定医師が診察して任意入院患者の退院制限を行った場合は、事後確認した指定医署名と事後審査会の意見が記載された特定様式の記録を残す必要があります。さらに医療保護入院や応急入院をさせた場合には指定医の事後確認署名のある入院届けを、通常の医療保護入院届とは別に都道府県知事等に提出することになります。

このような特定措置を導入せざるを得ないのは、精神科医の確保が困難な地方病院だと思われます。しかし、そのような病院がこれらの要件を満たせるでしょうか。また、精神科医療に従事する医師として「著しく不適当でない医師」であれば1年後には指定医資格が取得できるはずですが、もし申請をして資格が取れなかった場合はどうなのでしょうか。指定医不適格とされた医師でも「特定医師」として機能し続けてよいのでしょうか。

さらに問題なのは精神障害者の人権尊重を掲げてきた1987年以後の精神保健医療福祉施策の歩みに逆行すると誤解されかねない特例措置を導入することの是非です。今回の改正が目指す「適正な入院医療の確保」という観点からも違和感があります。この特例措置は全国精神障害者家族会連合会が主張していた「医療導入入院制度」に近いものですが、「医療導入入院制度」の功罪や制度導入のための条件整備などについては議論が尽くされているわけではありません。精神科医の不足と偏在の問題をこのような形で取り繕うのは筋違いだと思います。

 

4.精神障害者保健福祉手帳への写真貼付

これまで精神障害の場合は障害者手帳の写真貼付は不要でしたが、今回の改正で他障害と同様に写真が貼付されることになりました。偏見や差別がある中での写真貼付の是非、交通機関利用助成など他障害と同水準のサービスが受けられない現状での写真貼付の先行、手帳が精神障害者の地域管理の道具になる可能性などの問題を残したままの見切り発車となりました。写真貼付に踏み切った政府には、精神障害者の偏見と差別の克服、他障害と同じ水準のサービス提供義務が負わされたと考えるべきでしょう。プライバシー保護、情報漏出防止策についても十分な対応が必要です。一方で、これを機会に当事者による偏見差別との戦い、生活権確保の運動が展開されることが期待されます。

 

5.精神障害者の定義の変更

精神保健福祉法上の精神障害者の定義は、医療の必要性に視点を置いた精神疾患の定義と生活上の支援の必要性に視点を置いた精神障害の定義が区別されず重複混交したままです。また、障害名の例示に精神病質が挙げられているなど問題もあります。しかし、今回は精神分裂病の呼称を統合失調症に変更するにとどまりました。精神障害者の定義は精神保健福祉法の目的と密接に関連することであり、次回改正では思い切って見直すべきでしょう。

 

6.その他の改正条項

1) これまで努力規定であった市町村による精神障害者福祉相談が義務規定となり、市町村窓口に精神保健福祉相談員を配置できるようになりました。財政逼迫する市町村には大変だと思いますが、是非配置して貰いたいものです。

2) 都道府県・大都市の地方精神保健審議会を設置する義務が外され、任意設置に変わりました。地域の精神保健・医療・福祉施策について高い視点から分析し提言することが期待される重要な審査会ですが、多くの審査会が十分役割を果たさぬまま消滅してしまうのでしょうか。活発な審議を通して、廃止圧力をはねのけ、その役割を果たし続けてほしいものです。

3) 精神保健指定医の資格取得のために必要な症例報告(合計8例が必要)に医療観察法による入院症例も含められることになりました。

 

7.その他の関連法の制定・見直し

1)「精神病院」の呼称変更

精神保健福祉法の改正後、2006年6月に「精神病院の用語の整理等のための関係法律の一部を改正する法律」が制定され、精神保健福祉法上の「精神病院」という用語が「精神科病院」に改められました。本来ならいわゆる精神科特例すなわち医療法上の差別の解消が先に行われるべきでした。いずれにせよ、精神科病院を名乗る以上、さまざまな不利な状況を乗り越えて、他科に劣らない高い医療水準を確保し、名称変更にふさわしい医療を提供する義務が生じたと考えるべきでしょう。

2)指定精神科病院の看護基準

今回の法改正とは別に、精神保健福祉法に基づく厚生労働省告示が見直され、措置入院および応急入院を受け入れる指定精神科病院の看護職員の配置基準が引き上げられ、2006月3月から病棟単位で「入院患者:看護師・准看護師=3:1」となりました。ただし、今後5年間は医療法による看護職員に係る配置基準を満たしていれば可とする経過措置があります。

 

おわりに

精神保健福祉法には、精神障害者の再定義、措置入院や医療保護入院の見直し、入院患者の処遇改善、保護者規定の見直し、精神科病院の情報公開など検討すべき課題が山積しています。しかし、今回の法改正は抜本的なものではなく、急遽制定された自立支援法との調整を主とした不徹底なものです。たとえば、福祉サービスを自立支援法に移して医療と福祉を分離したように見えますが、福祉サービスの重要部分である精神障害者精神保健手帳制度を精神保健福祉法に残す一方で、精神障害者の通院医療の確保を自立支援法に委ねるなど、医療と福祉の境界が不鮮明で、二つの法律の関係にねじれを残す改正でした。

また、入院精神科医療に熱心に取り組む精神科医からは、改正のたびに煩雑な手続きと事務量が増え、患者に面接する時間が十分とれない、内実の伴わない「書類人権主義」だとの声もあります。精神病床の精神科医配置の改善を図らずに法の理念だけを先行させた結果といえます。 3年後の自立支援法の改正に合わせて精神保健福祉法も改正されるはずです。その際には先に挙げた精神保健福祉法上の課題解決に加えて、精神科医の育成と偏在是正、医療法における精神病床の配置医師数の見直し、診療報酬制度改善などを併せて行い、「書類人権主義」を超える必要があります。

 

クレリィエール2007年新年号より転載


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